覇王・董卓2

韓遂討伐を賜った董卓の取った戦術は……なんと黄巾討伐のときと同じく「何もしない」であった。
このあたり、董卓は無能であるとか何とか言われる所以なのだが、後に皇帝を擁立して政治を思うままに動かすような豪腕振りからすると、「何もしない」というのが腑に落ちない気もする。


歴史というものの悲しい部分なのだが、歴史を学ぶに当たり大変重要なことは、自分が結果を知っていると言う事実である。
そう、事実なのだ。
答えの載っている答案用紙を見る学問と言うことになってしまう。
だから暗記科目になってしまうのである。

そうではなくて、歴史を愉しむためには答案用紙は白紙でなければならない。
そしてここにどのような答えを書くかは、自分次第である。
だから、誤解を恐れずに言うとIFを愉しむ学問であり、心理学でもある。

歴史にIFはないと言う。
結果からしか物事を分析しないのであれば当たり前のことである。
ならば暗記するしかない。

私は暗記が苦手なので、やらない。
歴史を紐解いていく中で、「この人はどんな人だったのかな」「なぜ、このような行動や発言をしたのかな」と、想像するのが愉しいのである。

歴史を題材にしたシミュレーションゲームが山ほどある。
私はこれらが大好きなのだが、これは結局IFを愉しめるから好きなのである。


さて董卓は2度に渡り、討伐軍司令官として「何もしない」を貫いた。
何故だろう?


董卓は結局近侍に殺害されると言う歴史を残してしまうが、一度は実質最高栄華を極めている。
三国無双的に言えば「酒池肉林の夢」は叶っている。
つまり、「酒池肉林の夢」が最終戦略とするならば、彼の戦略眼は一流モノである。

少し先走り過ぎてしまった。
では董卓のその後の動きを辿ってみよう。