三国志3

後漢時代の中央官制は「司空(土木)」「司徒(内政)」「太尉(軍事)」の三公が最高官で、それに次ぐのが「太常(帝室の儀礼)」「光禄勲(近衛)」「衛尉(皇宮警護)」「太僕(車馬の管理)」「廷尉(司法)」「大鴻臚(外交)」「宗正(帝室の事務)」「大司農(国家財務)」「少府(帝室の財務)」の九卿であり、この体制を三公九卿制という。

これらは政策の決定機関であり、今で言う内閣のようなものである。

その他、皇帝が自分の意思を直接的に反映させるために設けた機関が内朝と称される「尚書(政務)」「侍中(諮問)」「中常侍(文書作成)」である。

三国志を読んでいると官職はたくさん出てくるので、このような豆知識があると、より一層人物に臨場感が出てくるのではないでしょうか。


よく出てくるといえば曹操諸葛亮の「丞相」。これは三公のさらに上の位で、内政における最高責任者である。
司馬懿が任命された「太傅」。これはただの名誉職……らしい。


三国時代まで時が流れていくと、九卿よりも内朝の方が重要視されるようになっていったので、九卿はあまり目にすることはないのではないか。



行政区分としては「州」と呼ばれるものがあり「司隷」「豫州」「冀州」「兗州」「徐州」「青州」「荊州」「揚州」「益州」「涼州」「并州」「幽州」「交州」の13州。

このうち「司隷」は首都洛陽を含む特別行政区で、司隷校尉という長官が支配した。
それ以外の州は、州牧が政治担当。


州の下に「郡」がおかれ、そこの行政官を「太守」という。
「郡」の中には皇帝の一族が封建されるために、「国」という格付けをすることもある。


さらに細かい仕分けがあるのだが、あまり深く込み入ってもややこしいのでこれくらいで。