サロメの乳母の話7 塩野七生

サロメの乳母の話 (新潮文庫)

サロメの乳母の話 (新潮文庫)


第7話 「大王の奴隷の話」


アレクサンドロス大王〜 世界史小事典
前356〜前323(在位336〜前323) マケドニア王でギリシア、エジプト、アジアにまたがる大帝国の建設者。
フィリポス2世の子で、父王がギリシアを統一した直後、前336年に暗殺されたため、同年20歳で即位。
ギリシアの反乱を鎮定したのち、前334年ギリシアマケドニアの連合軍を率いて東方への遠征に出発、グラニコス河畔戦い、イッソスの戦い、アルベラの戦いでペルシャ軍を連破し、前330年ペルシャ帝国滅ぼして遠征の目的を果たした。
なおも東進を続けインド西北部にまで達したが、部下の反対でさらなる進軍を断念し、前324年バビロンに凱旋、翌年熱病のため急逝した。
大王は遠征中しだいに専制君主化し、またマケドニア人とイラン人とを集団結婚などにより結合しようとした。
大王の政治家としての実力はわからないが、彼の遠征は学術的探検の性格を持ち、ギリシア人に東方の世界を知らせ、またエジプトのアレクサンドリアなど多数の都市建設はギリシア文化の伝播をもたらした。


イッソスの戦い〜 世界史小事典
前333年キリキア東端のイッソスにおける戦い。
アレクサンドロス大王がダレイオス3世の大軍を撃破、その母、妃、子供たちを捕虜とし、またシリア、エジプト征服への道を開いた。


アレクサンドリア〜 世界史小事典
アレクサンドロス大王がエジプト征服後、前331年に整然たる計画のもとにナイル川デルタ西端に建設を始めた植民市。
プトレマイオス2世(在位前283〜前246年)のときにほぼ完成。
プトレマイオス朝の首都、ローマ時代のエジプト総督の駐在地、また商工業と学問の中心として繁栄をきわめた。
最盛期の人口はギリシア人、エジプト人ユダヤ人など約50万で、ローマ市と並ぶ最大の巨大都市であったが、641年にアラブ人に占領されたのち衰えた。
なお、大王がその帝国内の拠点に建設した同名の植民市の数は約70にもおよぶとされる。


アレクサンダー大王のお話。
特に何か目新しさを感じることはなかった。
大王についての語りである。